| ●2008年7月の風月譚 東邦薬品(株)松谷 義範 さん |
| 梅雨の合間の陽光の中に来る猛暑を予見させ、「夏越の祓え」の時節がまいりました。 いつも見上げる藤の緑も日々色濃くなってまいりました。 日頃地震などと無縁と思われた東北の山間部の皆さんの被害状況をみるにつけ中国の 四川大地震の物凄さを推測し、昔から地震,雷,火事,親父の序列の中で地震は飛び ぬけて恐ろしい天災であることが良く分かった事態でした。 罹災者の皆様の回復を祈らずにはおられません。 今回は尊敬して止まない東邦薬品株式会社の故代表取締役会長松谷義範さんの思い出 を記載してみようと思います。 今から25年前に、慶応のビジネス・スクールにはじめて参加した際にケース・スタデイ (事例研究)に東邦薬品株式会社と代表取締役松谷義範さんの名前を見出しました。 何故ケース・スタデイにこの会社と松谷社長が取り上げられたのか、大変不思議な感じが いたしました。 ケースとして取り上げられるものは、米国ハーバード・ビジネススクールの翻訳ものが大半で、 日本独自のものは極めて稀であったからです。 当会社は昭和23年設立の医薬品卸の会社です。 現在(平成20年3月末月)の東邦薬品(株)は資本金約106億、売上高7,734億、従業員5,414人 で東証一部上場の会社であります。 松谷さん一代で今日を築いたと言っても過言ではないのですが、決して業種的に新しいもので はないにも拘らず、なぜこの様な発展が可能であったのかその秘訣の一端に、換言すれば 大変ユニークな経営思想に触れてみようと思います。 25年前の当会社は、店頭公開をしたばかりであったと思います。 松谷さん御自身はは70歳前後でなかったかと思います。 とても声に張りがあり,年齢を感じさせない人柄で元気そのものでした。 松谷さんは北九州小倉ご出身で一高,東大出身で哲学を専攻されたとの事でした。 この哲学を学ばれたことが松谷さんの経営思想に流れていることは明らかですが、 「如何に民主的であるか」すなわち、「個々人の自由と独立を確保すること」に企業と御自身の 存在があると断言されました。どのように具体化したかと言いますと、社員を一国一城の主に 育てるメカニズムと、それをとおして磐石な企業組織を確立すると言うことでした。 松谷さんの頭の中には、個人の独立のためにおこなった投下資本の回収とそれに携わった 人々への利益の還元をいかにするか常にあったのではないかと思います。 日常的に直面する諸問題に対し「社長通達」としてその解決にあたったようです。 その為には,本社機能として ・ 思想の確立 ・ 運営の原則 ・ 運営の施行細則 が必要であり、実際の運営は「分権的経営」すなわち「権限の委譲」と「独立採算性を確立」 することが不可避であるとのことです。 ケース・スタデイ(事例研究)ですので色々な意見の交換がありましたが、一つ忘れられない コメントは「この会社は,松谷社長そのもので,組織もなにもないのではないか!」との意見でした。 私は,当時日本DEC(株)の営業教育担当者でありましたので,管理者教育の場とか全体 会議の講演を依頼し、いろいろお話しの機会を頂きました。 つねに向学心に燃えておられ、65歳で英語を再勉強しその後は、英語でドイツ語を学び翌年は ドイツ語でフランス語を学んだとのお話しにはびっくりいたしました。 当時は接待ゴルフが盛んで社内のルールとして「接待するには恥ずかしくない腕前で無ければ ならない。シングルの腕前の社員のみゴルフ接待可」としたなど、人柄の一端を知ることが ありました。 更に、当時は今のように「システム手帳」などが無い時代で、アメリカ最大の 「DAY TIMER」の日本の担当窓口の人と訪ねましたところ、御自身で独自の「システム手帳」を 開発されておりました。 この様に松谷さんの「経営思想」の一端に接していながら、何ら今日の私に生かされてない事に 気がつきました。 それは,現在携わるパン屋の運営に当てはまるのではないかと考えるようになりました。 パン屋の現状の一つとして、経営者は職人に対しレシピなどいわゆる製造方法を盗みとりに きている連中だから、教育プログラムなど用意する必要もないし,高給を払う必要はないという 気持ちが底辺に流れております。 西宮のパン屋を振り返ってみますと、過去8年間多くの職人が入り辞めていきました。 辞めていった人々もあいも変わらず,パン屋にいるわけです。 私は、彼らの希望・夢を聞いたことがあったろうか,何か本来あるべきものが欠けているので はないか等考えてみるようになりました。 松谷さんの思想、如何に民主的であるか!そして従業員の独立を支援する仕組みを創り、 携わる従業員が将来の夢の基盤を実現できるようにしなければ、今日まで教わった事を 「実現しなければ、意味がない」と思うようになりました。 医薬卸業におきましては、新規起業者:独立支店長,潜在顧客,仕入れ先そして 本部との有機的結合が必要となります。 解決しなければならない事柄が,多岐にわたるといえます。 他方,パン屋の独立支援は開業に関連する資金の件と回収プログラムと人材の確保、長期育成 プログラムという内部の問題に集約できます。 巷間言われますように(後藤新平の言葉)、金を残すのは下、仕事を残すのは中、人を残す のは上の言葉にあやかり何かを残さなければならないと感じる昨今で、尊敬する松谷さんの 経営思想を思い出しております。 何時も叡智に満ちたまなざしで接して頂き,明るい未来を頂いたことを思い出します。 松谷さんは10年前に亡くなったとの事です。享年86歳とのことでした。 創業された東邦薬品(株)が益々発展し,個々の社員が素晴らしい人生を送られることを願わず にはおれません。 尚、松谷さんの著作は「松谷義範経営論文集」(株式会社モンジュ) ・ 経営思想における原則と体系(昭和47年) ・ 経営思想と実践(昭和48年) ・ 経営思想とその係数的展開(昭和52年) があります。流通業に携わる方,多店舗展開を志向する方にはお勧めの書籍ですが今も 入手可能なのでしょうか・・・ 尚,東邦薬品(株),松谷義範さんに関してはネットで検索可能です。 P/S 先日大阪に行ってきました。 甲子園口からタクシーに乗りました所、「今年の野球はつまんない!もう終わった。 阪神が強過ぎる!」との事です。3年に1度優勝するのがフアンにとって、程よい ストレス解消でないかと思うのですが・・ それにしても全国にこんなに阪神フアンがいるとは驚きです。 |
| <コラムのお礼> 会長の松谷 高顕です。ただいまの時刻は2008/07/01 07:49:28です。 FAX受領いたしました。他業種の方から、このような評価を頂き親父義範も、 草葉の陰で感謝していると思います。 私は現在東邦薬品鰍フ会長をしておりますが、 昭和39年に東邦に入社し、平成7年まで、一緒に仕事をいたしました。 思い出の中に昭和54年から3年間、親父と共に、慶応ビジネススクールの、 夏季アドバンスコースに参加した経験がございます。私は次男ですが、 親父と同じ敷地に住居を構え、今も同じところに住んでおります。今後とも宜しく。 松谷 高顕 |
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